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  • May. 29, 2017
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記憶に関する実験

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人間の記憶が長期と短期の二種に区別されて脳内に保存される仕組みというのはよく知られていることだと思う。この図式はPCなどのメモリとハードディスクの関係性によく似ている。ただし大別された記憶はさらに幾つかの細かい分類が為されていてそれぞれに長い説明が必要となる。尤もこうした記憶はいずれ発生する忘却というプロセスによって一様に消去もしくは容易には取り出せない領域に片付けられてしまうわけだ。

今思えば可笑しな話なのだが子供の頃、この「記憶する」という人間の本能に不思議な魅力を感じたことがあった。なぜ人は記憶するのだろう、楽しいことも嫌なこともなぜ心に残るのだろう、そしてそれらの記憶はいつまで忘れずに残るのだろうと、そんなふうに素朴な思い付きで始まった疑問は俄かに大きくなって、ある時不意にその問題を解決してみようと実行に移したのだ。今風に言えば厨二病的な着想だったと思うのだが、「記憶とはいつまで保つのか」を身を以て実験してみようと思い立ったのである。そして実験開始と思い立ったシチュエーションを今こうしてブログを書いているこの瞬間に思い出しながら検証してみることにした。概要はこうである。

・国鉄(もしくは民営化後)山手線の代々木駅
・日中
・私は内回りの山手線(渋谷・品川方面)に一人で乗車している
・扉付近に立っている
・駅に着き扉が開くと、ホームに今までに出会った女性の中でも飛び切りな「美少女」を目撃した
・美少女は私と同い年くらい

以上。

重要なのは今までに会ったこともテレビでも観たことがないような自分好みの美少女を代々木駅で目撃したことだ。
何とも言いようのない理由で実験を開始したのだが、きっかけというのは大抵の場合そんな理由で箸にも棒にもかからない。
ところが賢明なる方々は既にお気付きだと思うが、肝心な記憶要素の幾つかが一通り抜けてしまっている。それは下記の通り、

・具体的な日時が不明
・私が何歳だったか不明
・何を目的に山手線に乗車していたのか不明
・一番重要な問題として「どんな美少女だったか」不明

結論からすれば当時の代々木駅で不意にであった女の子が「美少女」であったことは覚えているのだが、果たしてそれがどんな美少女だったかのイメージという記憶がまるで残っていない。これは由々しき事態だ。つまりは「山手線に乗っていたら美少女に代々木駅で出会った」ことだけが今日まで記憶として留まり、日時なや相手の顔などは無意識のうちに付帯情報として扱われてしまい、忘却してしまったかそもそも長期記憶に保存されなかったことになる。

この問題は「時間」「出来事」「内容」が別々に記憶として保存されるのではないかという点に集約される。
我々が日々見ているSNSは時間的なタイムラインの上にそれぞれのユーザーの出来事と内容が記録されていく、合間に広告が挟まれることもあるが、その流れは基本的に不変であり、当前のこととして認知されている。過去は実に合理的に時間順に並べられ、都合よく紐付けられているのだ。ところが人間の記憶にとって時間的な整合性はあまり重要ではない、何を軸に記憶されたのかが最初のキーワードとなり、そこから派生して記憶として並列に処理されているように思える(これはキーワード検索の手法と似ている)。

タイムラインというくらいだから無論のこと時間的な配列が正しい。しかし果たしてそれが一般的な情報の蓄積、提示方法なのかどうかには疑問を呈したい。インターネットが登場してから嫌が応にも「時間」と「出来事」「意味」の結び付きが強くなった気がする。過去は一瞬にして過去となり、未来はあっという間に訪れてしまうこの感覚。人間の記憶方法と何処かで決定的に異なる部分があって、認知と感覚の狭間でどうにも身動きが取れないような、そういう感覚が芽生えつつある気がしている。

曖昧でもいいと思う。それは決定的に確かな情報を記録する現代社会において意味のない答えかもしれない。だがこの曖昧さに何か意味があるのだとすれば、それこそ記録と消去の繰り返しの中で培われてきた社会の構造そのものを、至極真っ当に正当化できるような気がしてならないのだ。

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なお上記の不明点について、なぜ「山手線の内回りに日中乗車していたか」から日時を絞り込めないかと調べてみたので敢えて付記しておく。

・一人で鉄道に乗るようになったのは小学生の低学年の頃からなので1981年、82年頃からだと推察される
・81年から93年まで埼玉県浦和市に在住しており、この時分に山手線に乗ったとすれば浦和から赤羽を経由して渋谷方面に抜けたものと推察される
・81年から93年の間の浦和在住時代に渋谷まで一人で行く理由とすれば東横線沿いにあった祖父の家に行くというのが最もらしい。学習塾や予備校などで東京に出ることはなかったし、買い物があったとしても東京に向かうことはなかった。強いて言うのならば代々木駅の隣にある原宿に行くことだがそれでも一人で行くという選択肢はないように思える
・埼京線が渋谷方面まで延伸されたのは1996年だが新宿駅で山手線に乗り換えたのはホーム間の距離を考えればありえない、乗り換えは便利な池袋駅で行ったものと推察される、そのため目的としては新宿ではなく渋谷以南に向かうで間違いない
・93年から97年まで埼玉から東京の練馬区に越したため経由が完璧に池袋となる
・この期間は東京にある大学へ通っていた。ただし新宿駅で私鉄に乗り換えていたため代々木駅は通学路ではない
`97年以降現在所在している場所に越し、そもそも山手線に乗る機会がほとんどなくなる
・97年以降現在に至るまで通勤通学などのルーチンで代々木駅を訪れたことはない(仕事やイレギュラーな用事などではあるかもしれない)

どうでもいい推論:81年から93年の間に美少女に出会ったのであれば、休日か夏休みなどの長期の休み期間中で祖父の家に向かう途中にあったこと。93年以降であるならば不明。

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  • May. 29, 2017
  • © Suzuki Takeya